肺がんエキスパートの知見日本の肺がん研究の課題とこれからの立ち位置を見据えて

インタビュー日:2018年9月9日(日)

大分大学医学部 呼吸器・乳腺外科学講座 教授
杉尾 賢二 先生

EGFR-TKI耐性の予測は重要な課題

大分大学医学部 呼吸器・乳腺外科学講座 教授 杉尾 賢二 先生

EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんにおいて、EGFR-TKIを投与して効果が得られても、いずれは耐性となります。しかし耐性が起こるまでに数ヵ月の人もいれば、1年以上経過して耐性となる人もいます。獲得耐性の機序として、T790M変異やバイパストラックの活性化、小細胞への転化が知られていますが、それだけでは説明できない機序が現実的には多々あります。薬剤によって変異が異なるのかは耐性の予測において大きな課題であり、それをどこまで解析できるかが、これからの肺がん治療における課題であるといえます。

そのためには、個々の患者さんに固有の再燃にかかわる因子を解明していく必要があります。大分大学の当教室では、がん遺伝子の変化と腫瘍内の微小環境を総合的にみることを目的に、各種因子の解析を進めています。一口にT790M変異といっても、がん細胞をとりまく環境は1つ1つの腫瘍で異なります。実際、細胞増殖に関係する因子や細胞周期にかかわる因子、アポトーシスに関与する因子などは変化しており、それらを解析していくことで、治療効果が短い人と長い人が予測できるのではないかと考えています。また、遺伝子の変異には主たる機序と副次的な機序があるはずだと考えており、それについても解析を進めています。次世代シークエンサー(NGS)による解析はいまだ費用がかかりますが、保険適用が検討されていますので、将来的に、身近に検査で用いることができる時代になれば、腫瘍の微小環境の研究が進み、研究ベースではなく臨床ベースで、最適なシークエンスによる治療を患者さんへ還元できるようになるのではないかと期待しているところです。

エピジェネティックなデータと臨床データの総合的な集積を

非小細胞肺がんの治療、特に耐性機構を考える上で、NGSを用いた総合的なデータをいかに集積して、今後の治療に繋げるかは大きな研究対象です。以前は予算的にも時間的にも現実的でなかった大規模なデータの解析が、現在は実際に手の届くものとなりつつあります。今後は遺伝子だけではなく、エピジェネティックなデータも集積し、臨床データと併せて有機的に集積していくことが期待できます。また、臨床試験やリアルワールドのデータを集積し、AIを駆使した治療戦略を検討するという方向性も考えられています。そして近い将来には、患者さんの身体のデータから最適な薬剤が選択され、その後の経過も予測できるような時代の到来が期待できるのではないでしょうか。

一方で、NGSにより包括的な遺伝子検査が行われるようになった際には、遺伝上の問題も考慮しなければなりません。体細胞の遺伝子変異だけでなく、遺伝性腫瘍の原因となる生殖細胞系列の遺伝子変異が見つかった場合、公表するかどうか、患者さんにどのように説明するかなど、複雑な問題をはらんでいます。

特に乳がんや卵巣がんでは、がん抑制遺伝子BRCA(breast cancer susceptibility gene)の生殖細胞系列変異がかかわっている症例があることから、がん治療においても、大学病院を中心に遺伝カウンセリングの整備が求められています。臨床遺伝専門医や遺伝カウンセラーによる遺伝相談窓口が必要となりますが、そういった資格をもつ病院スタッフの数は限られています。そもそも医学教育において、遺伝学の教育が不十分であることは以前から指摘されてはいたのですが、その必要性をあまり認識されることがなく、臨床遺伝専門医が少ないという現状に至っています。2018年4月にがんゲノム医療中核拠点病院、連携病院が指定されましたが、がんゲノム医療実施の要件として、遺伝性腫瘍などの患者さんに対して専門的な遺伝カウンセリングができることが含まれています。したがって、遺伝カウンセリングの体制整備と、臨床遺伝専門医および遺伝カウンセラーの育成は急務といえます。

EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの1次治療における治療選択

大分大学医学部 呼吸器・乳腺外科学講座 教授 杉尾 賢二 先生

日常診療において、これまで主に使用されている第1、2 世代EGFR-TKIはそれぞれに特徴をもっていますが、なかでもジオトリフはuncommon mutationにも効果を示すことが報告されています(表1)1)~ 4)。ただ、下痢のコントロールの問題から、最初の選択肢としては、比較的PSが良い人に対してジオトリフの投与を考慮しています。

図1 uncommon mutationに対するジオトリフ1)

図1 uncommon mutationに対するジオトリフ1)
  1. 1) Yang JC, Sequist LV, Geater SL, et al. Clinical activity of afatinib in patients with advanced non-small-cell lung cancer harbouring uncommon EGFR mutations: a combined post-hoc analysis of LUX-Lung 2, LUX-Lung 3, and LUX-Lung 6. Lancet Oncol. 2015; 16: 830-8.
  2. 2) Yang JC, Shih JY, Su WC, et al. Afatinib for patients with lung adenocarcinoma and epidermal growth factor receptor mutations (LUXLung 2): a phase 2 trial. Lancet Oncol. 2012; 13: 539-48.
  3. 3) Sequist LV, Yang JC, Yamamoto N, et al. Phase Ⅲ study of afatinib or cisplatin plus pemetrexed in patients with metastatic lung adenocarcinoma with EGFR mutations. J Clin Oncol. 2013; 31: 3327-34.
  4. 4) Wu YL, Zhou C, Hu CP, et al. Afatinib versus cisplatin plus gemcitabine for first-line treatment of Asian patients with advanced non-smallcell lung cancer harbouring EGFR mutations(LUXLung 6): an open-label, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol. 2014; 15: 213-22.

1)~ 4)の研究は、ベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施されました。

また最近では、1次治療で使用できるEGFR-TKIにオシメルチニブが追加されました。第1世代EGFR-TKIやジオトリフのような第2世代EGFR-TKIによる耐性(T790M)に対してはオシメルチニブが承認されていますが、オシメルチニブ耐性後については細胞障害性抗がん剤が考えられています。将来的にその耐性機序が明らかになり、耐性を克服する新しい薬剤が開発されることが期待されます。今後も、日常診療においては患者さんの状態や年齢、副作用の度合いを考えて薬剤を選択するということになるでしょう。

これまでの数々の報告から、EGFR-TKIは1次治療における重要な選択肢であり、今後は生存延長を期待して化学療法との併用も検討されるようになると思われます。ただし、単剤療法に比べて副作用が発現しやすいという側面もあり、治療経験のある医師のもとで導入されるべきだと考えます。一方、血管新生阻害薬との併用療法に関しては、今後のOSの結果をみて判断することになると思われます。EGFR-TKIとがん免疫療法との併用療法に関しても、数件の進行中の臨床試験があります。今後、EGFR-TKIの併用療法を、どのような症例に使用するかを考えていくことが重要だと思います。

われわれ九州肺癌研究機構(LOGiK)でも、EGFR-TKI使用後に進行したT790M 陽性局所進行または転移性非扁平上皮非小細胞肺がんを対象としたランダム化非盲検第Ⅱ相試験を北東日本研究機構(NEJ)とのインターグループで行っています。また、オシメルチニブの耐性機序にかかわるバイオマーカー探索に関する研究(LOGiK1607)も行っておりまして、症例集積を進めているところです。

“早さ”が求められる、これからの臨床試験

昨今の肺がん治療における臨床開発は目覚ましく、ガイドラインでは特に薬物療法の分野は頻回に改訂がなされています。ガイドラインは基本的にエビデンスに基づいて作成され、臨床試験の結果がなければ強い推奨にはなりません。しかし最近は、ガイドライン委員会でのコンセンサスを重視し、より実臨床に則したガイドラインとすることも求められています。また臨床試験の結果に加え、リアルワールドのデータの示す意味についても議論されるようになってきました。

日常診療における治療薬の移り変わりは早く、現在進行している臨床試験の結果が5年あるいは7~8年後に出るときには、新しい薬剤が導入されており、臨床試験の結果が出る頃にはすでに新しい治療法に関心がもたれている状況にもなりえます。そのため、臨床試験は迅速に行わなければ現実の治療には繋がらず、根拠を作っているだけの臨床試験になってしまいます。新しい薬剤が出たときはすぐに臨床試験を実施し、短い時間で症例集積するという作業がいまの時代には必要と考えます。そして、1つの臨床試験グループでは症例数は限られるため、他のグループと共同で進めることが重要です。先ほど述べたようにLOGiKでもNEJのほか、西日本がん研究機構(WJOG)との共同研究も行っています。

海外の状況をみても、ハイボリュームセンターがない日本では臨床試験グループの総力を挙げて集積しなければ、アジア諸外国のなかでも遅れをとってしまいます。日本の治療は、手術成績と同様にクオリティが高く、信頼性の高いデータを発信できています。日本の競争力をどう高めていくかを考えるなかで、いま必要なのは臨床試験の“早さ”です。臨床試験の結果を日常診療に生かすためにも、他の臨床試験グループとのインターグループあるいはオールジャパンで、早く集積し、早く結果を出すことが求められています。

大学院時代の遺伝子研究が耐性機序、周術期の研究に繋がる

1970年代にがん遺伝子が発見され、その機序の解明が世界的に行われた80年代に私は大学院で遺伝子研究を始めましたが、当時、さまざまながん遺伝子とがん抑制遺伝子が見つかりました。これでがん治療が一変するのではないかと期待されていたのにもかかわらず、なかなか治療と結びつかず、遺伝子研究が何の役に立つのかという批判もありました。しかし90年代後半から分子標的薬の治験が始まり、2000年以降、一気に分子標的薬が治療に導入されたことで、遺伝子研究は薬物療法という形でようやく治療に結びつきました。

早期の肺がんは外科療法で治すことができますが、進行した場合は手術適応であっても術前術後の薬物療法が必要になります。また当教室では、担当した患者さんが術後に再発した場合は薬物療法をわれわれ自身で行うケースが多いです。一方で、薬物療法の効果が高くなり長期生存が得られる患者さんは多くなったものの、薬物療法だけでは病変が残存する場合があります。そのため、分子標的薬、そして最近のがん免疫療法を実施しても、限局的な病変が残存していればsalvage surgeryを行うケースも増えてきています。

このように外科領域においても薬物療法が大きな役割をもってきたなかで、外科医として日常診療を行いながら遺伝子研究を続けたことは、薬物療法の深い理解に繋がるものであったと考えています。
今後も、耐性機序ならびに手術を主体とした周術期の治療開発には力を入れていきたいと思います。EGFR-TKIを用いた術後補助療法の第Ⅲ相試験が進行中であり、また、がん免疫療法による周術期治療で得られる生体試料を用いた総合的な解析も進めていきたいと考えています。生体試料が得られることは外科の特性ですので、それを有効に使って、耐性機序や微小環境を解析し、薬物療法を今後どのように行っていくかを考えることは大切な研究課題であると思っています。

基礎研究で10年後、20年後の日本の医療を支える

大分大学医学部 呼吸器・乳腺外科学講座 教授 杉尾 賢二 先生

われわれが研究を始めた時代とは異なり、現在では1つの小さなサンプルにしても、解析手法が数多く存在します。かつては莫大な費用と時間を必要とした作業がいまは1日でできることも少なくありません。若い先生方には、発想力を養い、がん診療において何を解明しなければならないかを真剣に考え、必要なサンプルを得て自分の力で解析していくことを、大切にしてほしいと思っています。臨床試験を組むためには基礎研究の理解力が重要であり、また基礎研究を行って“ 基礎力”を補っておくことは、10年後、20年後に新しい治療を考える礎になると信じています。

現在の日本の医療はあまりにも臨床にシフトしすぎており、臨床試験について考える力はあるものの、基礎研究の理解力は低下しているように思います。そういった意味で、日本の研究自体はいま分岐点にあるのではないかと危惧しています。将来を見据えた時、世界に対抗していくためにも基礎研究の理解力が必要であり、これからを担う若い先生方には、がんの基礎研究をある時期にしっかりと行い、“基礎力”を養うという意識をもっていただきたいと思います。そのためにも、積極的に国際学会に参加して語学力を磨き、他の国の研究者たちとディスカッションする機会をもち、視野を広げていただきたいと思っています。

参考文献

  1. 1)Yang JC, Sequist LV, Geater SL, et al. Clinical activity of afatinib in patients with advanced non-small-cell lung cancer harbouring uncommon EGFR mutations: a combined post-hoc analysis of LUX-Lung 2, LUX-Lung 3, and LUX-Lung 6. Lancet Oncol. 2015; 16: 830-8.
  2. 2)Yang JC, Shih JY, Su WC, et al. Afatinib for patients with lung adenocarcinoma and epidermal growth factor receptor mutations (LUXLung 2): a phase 2 trial. Lancet Oncol. 2012; 13: 539-48.
  3. 3)Sequist LV, Yang JC, Yamamoto N, et al. Phase Ⅲ study of afatinib or cisplatin plus pemetrexed in patients with metastatic lung adenocarcinoma with EGFR mutations. J Clin Oncol. 2013; 31: 3327-34.
  4. 4)Wu YL, Zhou C, Hu CP, et al. Afatinib versus cisplatin plus gemcitabine for first-line treatment of Asian patients with advanced nonsmallcell lung cancer harbouring EGFR mutations(LUX-Lung 6): an open-label, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol. 2014; 15: 213-22.

1)~ 4)の研究は、ベーリンガーインゲルハイム社の支援により実施されました。

pc

2018年12月作成