プラザキサ 対談記事 施設探訪 01 FACILITY VISIT 済生会熊本病院における転倒・転落予防のリスクマネジメント

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高齢者の転倒・転落は要介護に至る主要因の1つである。また、抗血栓薬を服用される高齢者の転倒・転落は、軽度であっても出血により重症化する場合もあり、適切な対応や予防が重要となってくる。ここでは、国際的な医療機能評価であるJCIの認証を西日本で最初に取得し、世界基準の医療安全を実践する済生会熊本病院の転倒・転落予防の取り組みについて、院長である中尾浩一先生にお話を伺った。

  • 中尾 浩一 先生
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中尾 浩一 先生 (済生会熊本病院院長)

中尾 浩一 先生(なかお こういち)
1985年熊本大学医学部卒業、1985年熊本大学医学部附属病院循環器内科研修医、1992年国立循環器病センター心臓血管内科医員、1995~1997年米国コロラド大学分子細胞発生生物学部門リサーチフェロー、1997年済生会熊本病院心臓血管センター循環器内科医員、2007年同部長、2012年同院副院長、2017年より現職。専門は、心血管インターベンション、循環器集中治療。

──済生会熊本病院の概要や院内における転倒・転落の管理体制などについてお聞かせください。

当院は病床数400床、職員数2000人規模の急性期医療を担う地域の中核病院で、エビデンスレベルの高い最先端の治療をいち早く熊本の地に導入すること、たとえばダヴィンチやTAVIなどの高度医療の提供を大きなミッションとしています。高度医療の推進とともに、病院全体で取り組んでいるのが医療安全です。高度医療を推進しても事故が多発するようでは困ります。当院では医療安全、医療の質を担保するための部門としてTQM部(Total Quality Management)を設置しており、そこで診療科横断的に医療の安全性や質を評価しています。その中で転倒・転落は、病院管理指標で最も重要度の高いGrade 1と位置づけ、各診療科から提出される報告書(インシデントレポート)から転倒・転落に関するデータを抽出・分析、毎月1回の頻度で報告会を開催し院内で共有化しています。

入院3日以内、トイレ移動に注意

──済生会熊本病院ではどのような転倒・転落事例が多いのでしょうか。

2010年から約10年、データをストックしています(図1)。入院患者のうち2018年の転倒・転落は300件、転倒率1.99‰、そのうち治療を要する損傷件数は11件、損傷率0.07‰でした。院内で報告されたすべてのインシデントの中で、転倒・転落は薬剤・検査関連に次ぎ16%を占める結果でした(図2)。発生時期をみると、入院期間の平均は10日弱ですが、入院3日以内の発生が多く(図3)、時間帯は夜の0時、朝の5時、8時に多い傾向でした。たとえば、夜間にトイレに目が覚めて起き上がり、自宅の襖を開けているつもりでカーテンを開けて、そのまま躓き転倒するなど、長年住み慣れた環境からの変化に対応できずに転倒するケースが散見されます。また、転倒リスクは重症患者ほど高いかというと一概にそうとは言えず、長期入院の患者さんは歩行自体が困難な場合が多いです。

図1 入院患者の転倒率・損傷率
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図2 全インシデントに占める転倒・転落の割合 図3 経過日からみた転倒の割合
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──転倒・転落への対策や取り組みについてはいかがですか。

転倒のリスクファクターとして、転倒歴、筋力低下、平衡障害、視力障害、薬剤などいくつかの因子がありますが、入院患者は全員、転倒・転落のハイリスク群と認識しています。入院の際には、全例転倒リスクを評価し、患者・家族と情報の共有や注意喚起を促し、転倒スコアが6点以上の場合にはベッドサイドに離床センサーをつけるなどの措置を講じています。
一方、外来でも転倒は起こりえますが、その危険性をすぐに判別することは困難です。そこで、「ふらつきのある方」「明らかな麻痺のある方」「杖歩行の方」「酸素ボンベの使用」「抗がん剤の使用」など、このようなハイリスク者に対しては「ハートフルパス」(転倒予防ストラップ)をお渡しして、簡易トリアージのような形で転倒リスクを周知するようにしています(写真1)。
また、全職員に「POCKET GUIDE」を携帯してもらっています。これは、災害が起こった際の初期対応や転倒・転落のリスク低減についてまとめたオリジナルの冊子で、マニュアルではありませんが上着のポケットに入るサイズで、職員であれば知っておくべきエッセンスがまとめられています(写真2)。他にも当院では「転倒予防川柳」なども開催しています。職員だけでなく患者さんも巻き込み、定期的にイベントを実施することで転倒・転落への意識を少しでも高めてもらえたらと考えています(写真3)。これらの取り組みについてもTQM部が主導しています。

情報を可視化することが対策の第一歩

──取り組みを形骸化させずに継続するポイントなどがあれば教えてください。

医療施設の安全性や医療の質を審査する国際機関にJCI(Joint Commission International)がありますが、海外では非常に厳格なリスク基準にもとづいた管理が求められます。当院はJCIの認定を受けた日本で数少ない施設の1つですが、やはり情報を可視化できる状況をまず整備することが重要です。データがなければ評価はできませんし、評価できなければ改善できません。医師やスタッフからの報告はレポーティングバイアスがかかる側面もありますが、数字を取っておくことが大切です。たとえば、ある月の転倒件数が急に増えた場合、何らかの転倒要因が発生したのではないかと調べてみると、院内で床の張り替えがありそのエリアでの転倒数が増えていたというように、インシデント報告を怠らず継続していくこと、それが予防対策につながっていきます。
では実際にインシデント報告やアクションプランを展開して、功を奏しているのか? 当院ではこの10年間で転倒・転落はほとんど減っておらず、むしろじわじわと増えています(図1)。その理由として、入院患者の平均年齢がこの10年間で2歳ほど上がり、入院患者の高齢化によって転倒リスクが増えている可能性があげられます。右肩上がりに増えるところを何とか横ばいで維持している、そのような状況であると言えるのかもしれません。
人口の高齢化がますます進む中、将来的にこれらの転倒をゼロにすることは容易ではありません。たとえば、転倒しても怪我をしないデバイスを開発するなど、根本的な発想の転換が必要だろうと感じています。あるいは、自立した生活は「立つ」「歩く」ことを前提としています。「転ばないようにする」ではなく、生きているのであれば転ぶものとしてとらえる。そして、転んだ際に大事に至らないためにどうすべきか、防災することはできなくても被害を最小限にとどめる、「減災するという視点」も必要ではないかと考えています。

高齢者の抗血栓薬の服用 減災の視点を取り入れる

──被害を最小限におさえる減災の視点とはどのようなものでしょうか。

特に最近では抗血栓薬を服用している高齢者が増加している印象をもっています。このような高齢者が転倒し頭部を受傷すると、一見軽症で最初は会話が可能であっても、転倒から数時間後に急に意識障害が進行する“Talk & Deteriorate”が発現するなど、非常に危険な状況となる場合があります。そこで「血を固まりにくくする薬を服用しています」など、患者側から情報提供があって軽症の段階で対応できれば、それ以上の進行を防げる、最小限の被害にとどめられる可能性が高まります。現在、日本脳神経外科学会、日本救急医学会、日本脳神経外傷学会、日本脳卒中学会、日本循環器学会が中心となり、転倒・転落による高齢者頭部外傷(特に抗血栓薬服用者)の危険性、およびその対応について一般市民や医療関係者を対象とした啓発活動「“Think FAST”campaign」が始動しています。抗血栓薬を服用中に頭をぶつけた場合は、軽症であっても病院受診が必要であることや、服薬している薬剤名を患者のみならず家族にも認識してもらうことを啓発しています。また、一部の抗血栓薬には中和剤も出てきています。全ての転倒を未然に防止することは難しいですが、防げるリスクは防ぐという意識をもっておく。抗血栓薬を処方する機会は多いでしょうから、日頃の診察時には、患者・家族に薬剤名が記載された携帯カードをお渡しするなど、そのような取り組みがあるだけでもだいぶ変わってくるのではないかと考えています(写真4)。

写真4携帯カード
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TQM部の役割とその取り組み

村中 裕之 先生

済生会熊本病院TQM部
感染管理室・医療安全管理室・品質管理室
村中 裕之 先生

TQM部は院内の医療の質向上や医療安全を管理する部門で、当院では感染管理室、医療安全管理室、品質管理室の3つの部署から構成されています。スタッフは9名おり、医師は私を含め3名、医療安全と感染管理には専従の看護師を配置しています。
医療安全管理室では、院内の各部門・各診療科から上がってくるインシデント報告を収集・分析しており、転倒・転落の事例、薬剤関連のインシデント、最近では画像読影の漏れなどの事例を重点的に扱っています。転倒・転落についていえば、「入院3日以内」「トイレの行き来」が、当院の傾向として浮かび上がっており注目しているところです。また、TQM部では、転倒・転落予防のアクションプランを毎年企画し、「転倒多発地点へのポスター掲示(写真5)」「ハートフルパス」「転倒予防川柳」「予防センサーON忘れ防止策」「看護師とセラピストによる転倒予防チーム発足」など、幅広く予防対策を推進しています。
各部門・各診療科との連携が重要となりますが、部内のミーティングはもとより、多職種によるウィークリーカンファレンス、各診療科に対しては毎月の報告会をおこなっており、情報の共有化を図るとともに、他施設との医療安全に関する交流も地域医療の観点からおこなうようになってきています。医療安全の取り組みは、報告(インシデントレポート)が上がってこなければ、確認することも対策を打つこともできません。いかに意識を高くもち報告を上げてもらうかが重要で、報告件数の多い病院は事故が多いのではなく、意識が高い病院であるということをお伝えして協力いただいています。

写真5ポスター TQM部のスタッフ
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PC
2019年9月作成

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図1 入院患者の転倒率・損傷率

図2 全インシデントに占める転倒・転落の割合 図3 経過日からみた転倒の割合

写真1ハートフルパス

写真2POCKETGUIDE

写真3川柳

写真4携帯カード

写真5ポスター TQM部のスタッフ