医療サポート事例:地域医療戦略

「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の立ち上げから学ぶ
地域医療連携推進法人設立成功のカギ

地方独立行政法人 山形県・酒田市病院機構
栗谷 義樹 理事長

栗谷 義樹 理事長

少子高齢化と人口減少、そして、それらに伴う国と地方の財政悪化。近い将来、日本の医療を様変わりさせてしまうような大きなうねりが押し寄せて来ます。
山形県庄内地域では、2010年から2040年にかけて総人口が約4割減少すると推計され、地域住民の医療需要はこれから先、縮小しながら中身も大きく変化していきます。
こうしたなか、庄内二次医療圏の医療・介護関係者たちがタッグを組み、地域医療連携推進法人「日本海ヘルスケアネット(仮称)」が立ち上がります。

■本稿で学ぶポイント
●地域の医療と介護の存続に、地域医療連携推進法人のしくみをどのように使うのか
●新法人立ち上げのカギとは

今回は、「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の立ち上げを主導する地方独立行政法人「山形県・酒田市病院機構」の理事長、栗谷義樹先生にお話を伺い、地域医療連携推進法人設立のポイントについて紹介します。

「日本海ヘルスケアネット(仮称)」年度内に発足へ

――「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の概要をまずお聞かせください。

「日本海ヘルスケアネット(仮称)」には、2017年6月末時点で酒田地区医師会を含め計5法人が参加の方向で協議を進めており、現在、設立協議会や実務者会議で細部を詰めているところです。
5法人は、山形県・酒田市病院機構(日本海総合病院、酒田医療センター)、医療法人健友会(本間病院、老健施設など)、医療法人宏友会(上田診療所、老健施設)、社会福祉法人光風会(老健施設)、一般社団法人酒田地区医師会です(下表)。

表:地域医療連携推進法人勉強会参加法人概要

表:地域医療連携推進法人勉強会参加法人概要

地方独立行政法人 山形県・酒田市病院機構 栗谷 義樹 理事長 提供

――地域の薬剤師会と歯科医師会にも参加を呼びかけていると伺っています。

薬剤師会と歯科医師会は現在、いずれもオブザーバー参加という立場ですが、「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の発足当初から、これも参加の方向で調整が進められています。また、現在の5法人とは別に酒田市内の精神科単科病院を運営する特定医療法人と1社会福祉法人が参加の意向を示しており、これらを含めると最大9法人の参加が見込まれています。 年明けの発足を目指していますが、発足には県議会、市議会と県医療審議会の承認が必要です。年明け後すぐに、とはいかないかもしれませんが、年度内には立ち上げたいと思っています。

――将来、地域の他法人から参加の意向があった場合、認めるかどうかはどう判断するのでしょうか。

 「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の設立趣旨に賛同いただけるかどうかが最大のポイントです。病院や介護施設単体ではなく、新法人参加全法人の連結決算に私たちはこだわっているので、財務諸表の共有に同意いただけるか。もう一つ、円滑に運営できるようにするため、医療法人の出資者には持ち分を放棄してもらう方向で調整中です。さらには、新しく参加を希望する法人のスタンスも大切な要素です。自分たちの利益を追求するために新法人のメリットだけを求めるようでは運営は迷走してしまい、たとえ組んでも成功は望めないでしょう。

国の財政がたとえ極めて厳しい状態に追い込まれても

――2017年4月にスタートした地域医療連携推進法人のスキームを活用して連携強化を目指すのはなぜですか。

まず、地域の人口動態があります。庄内地域の人口は年々減少を続けており、2025年以降の急激な過疎化は避けられないでしょう。実際に、日本海総合病院でも入院患者が減少し始めており、こうした流れはもう変えることができません。これに対する危機感が最大の理由です。

少子高齢化が進めば社会保障財源は今後も嵩み、国と地方の財政はどんどん厳しくなるでしょう。こうした時代には地域の医療、介護報酬と経費を自分たちで管理・調整し、地域全体の医療介護提供体制維持のために再配分できなければ、経営も機能も立ち行かなくなる施設も出てくると思います。
一方、国の財政がたとえ極めて厳しい状態に追い込まれても、この地域に医療と介護を残す必要があります。地域医療連携推進法人制度をうまく使えば、それをある程度実現できるのではないかと考えました。

――地域連携の推進や病院統合の成否を分けるのは、「協調」よりもむしろ、強力なリーダーシップを持つキーパーソンがいるかどうかだという声もあります。

ある程度はその通りだと思います。キーパーソンは明確なゴールとそこに行きつく戦略を立て、地域の中で自分の果たすべき役割を歴史的な使命として自覚できる人物でないとならないように思います。私自身がそうだというわけではありませんが、そういう人がいないと、自分たちの居場所を確保するだけの都合でそれぞれが動いてしまいがちです。医療と介護のコミュニティーを地域にどう作り上げるのかを話し合うべきなのに、これではまとまるはずがありません。自分が中心になって地域医療連携推進法人を立ち上げようというのなら、2~3年程度で軌道に乗せて、あとは後進に任せるくらいのつもりでいる方がうまくいきそうな気がします。

――従来の医療・介護連携では、対応するのは難しいのでしょうか。

そこは判断が分かれるところでしょう。地域の医療・介護関係者によほど信頼されている人がいるのなら従来型の連携で主導できるかもしれません。ただ、総論をいくら話し合っても何もまとまりませんし、何より新たな信頼を醸成するだけの時間など私たちには残されていません。

もう一つ、医療機関や介護施設の業務を地域全体で調整して、コストマネジメントを効率的に行うことが、地域医療連携推進法人で可能かもしれないと考えています。社保と国保を合わせた、この庄内2次医療圏への診療報酬の支払い額は年間532億円程と推定されます。われわれ山形県・酒田市病院機構のシェアはそのうちの34%、酒田市など医療圏の北部に限ると63%ほどのシェアと推定されます。今のところ、私たちは健全黒字を維持できていますが、この程度のシェアを持っていれば新法人を通じて、地域の再配分調整機能をある程度持つことができるのではないかと考えました。
今後、国と地方の財政が厳しくなれば、医療費の抑制も避けられません。予想される厳しい改定のなかで、地域で破綻する医療機関や介護施設が出てくれば、これまで強い連携で役割分担を進めてきた当地区の医療介護体制は、根底から崩壊しかねないと考えています。いったん破綻した病院や施設を再生させるのは非常に困難ですし、この地域では、どこか一つでも撤退したらすべてが共倒れになりかねません。そうなる前に、お互いに存続できる方策を講じることが必要で、新法人が事業調整を通じて医療介護報酬を地域で再配分することで、財政危機にある程度備えることが可能ではないかと考えています。

「医療圏全体の再編」は次世代への宿題

――「日本海ヘルスケアネット(仮称)」では、それぞれの病院の役割分担をどう描いていますか。

これまでに参加を表明している医療法人のなかで、日本海総合病院には高度急性期と一般急性期を集約させます。本間病院(健友会)では慢性疾患の急性増悪やポストアキュート、在宅医療支援等々をカバーしてもらい、そのポジションで利益の確保を目指します。本間病院は、現在、高齢者の慢性疾患、急性増悪時の救急搬送のかなりを受け入れてくれています。地域包括ケア病棟の役割として国が想定する在宅療養患者の容体急変時(サブアキュート)をカバーしてきたわけで、こうした機能を引き続き担っていただきたいと考えています。

――酒田医療センター(山形県・酒田市病院機構)ではどのような役割を担っていくのでしょうか。

酒田医療センターは2018年4月、「酒田リハビリテーション病院(仮称)」に名称を変え、回復期リハビリテーション病院として生まれ変わります。それによって本間病院との役割分担がある程度明確になりますが、末期がんの患者さんのケアをどこが担うのかが現在の検討課題です。そこは走りながら考えます。

――県が2016年9月に公表した「地域医療構想」によると、高度急性期から慢性期まで4つの機能を合わせて、庄内医療圏では2025年までに600床以上の供給過剰になる見通しです。病床の削減が避けられなさそうですが、地域医療構想への対応は「日本海ヘルスケアネット(仮称)」のなかで改めて話し合うのでしょうか。

それは私たちだけでなく2次医療圏全体の検討課題でしょう。急性期病院では入院期間短縮の圧力が強まっている上、この地域では人口が急減します。それを考えると、2025年以降の近未来はこの医療圏に急性期病院は一つあれば足りるのかもしれません。圏域全体を巻き込んだ再編がいずれ必要になるのでしょうがそれは次の世代への宿題です。ただ、あまり時間が残されていないことは理解しておくべきです。

取材の裏話・・・

インタビュアー:「日本海ヘルスケアネット(仮称)」の立ち上げにより、本間病院(健友会)は、従来の急性期から、回復期や透析医療などに役割を切り替えるというお話でしたが、反発はなかったのでしょうか…?
栗谷理事長:かなりドラスチックな方針転換であったけれども、急性期病院の看板を下ろすことに本間病院からは表立った反発は聞いておりません。ただ私も元は外科医なので、気持ちはよくわかるつもりです。
インタビュアー:共同購入などによって医療の効率化を見込めることも地域医療連携推進法人制度の大きなメリットの一つだとされています。そのあたりはいかがでしょうか…?
栗谷理事長:薬剤費から言えば、スケールメリットはほとんどないんですよ。共同購入によって薬剤費を1~2%引き下げられたとしても、節減額としては微々たるものじゃないかな。単価が安い後発医薬品への切り替えがすでにかなり進んでいるのでね。
インタビュアー:薬剤費以外の部分ではいかがですか?
栗谷理事長:介護施設もかなりあるので、給食の外部委託費について検討してみたけれど、簡単ではなかったね。参加5法人全体で一日に3,300食ほどになるんだけど、受託先に聞いてみたら「スケールメリットを十分に生かすには数万食単位の確保が必要」との答え。3,000食くらいでスケールメリットが出たのは3年ぐらい前までの話で、今はもう全然出ないという話だった。

【解説】地域医療連携推進法人って何だ?

“病床再編の切り札” しかし、立ち上げを断念するケースも

地域医療連携推進法人は、2015年の医療法改正に伴い創設された制度で、2017年4月に運用が始まりました。安倍晋三首相が2014年1月、ダボス会議(スイス)の基調講演で、優良病院として知られる米国のメイヨークリニックを例に挙げながら、「(日本でも)ホールディング・カンパニー型の大規模医療法人ができて然るべきだ」と表明したのが制度創設のきっかけとされ、厚生労働省の検討会が2015年2月、骨格をまとめました。
このスキームでは、病院や診療所、介護施設などを運営する同じ地域の複数の非営利法人が一般社団法人をつくり、都道府県知事が「地域医療連携推進法人」として認定します(下図)。
地域医療連携推進法人では、病床の機能分化・連携、人材養成などの方向性を参加法人に共通の方針(地域医療連携推進方針)に掲げます。2025年をにらみ各都道府県が描く地域医療の将来像(地域医療構想)を実現させるのが狙いで、この制度が病床再編の“切り札”だと言う人もいます。
厚生労働省によると、制度の運用が始まった2017年4月には、全国の4法人が地域医療連携推進法人に認定されました。しかし、立ち上げを目指したものの、地域医療連携推進法人と参加法人の方向性がマッチせず、途中で断念するケースもあります。また、大学病院や大手グループの病院が林立する東京などの大都市では、現場の意思統一自体がそもそも難しく、地域医療連携推進法人のスキームを活用する上でハードルが格段に高くなるともいわれています。

「医療法人の事業展開等に関する検討会」取りまとめ(2015年2月9日)参考資料1より