医療サポート事例:地域医療戦略

CKD地域連携パスは医師同士の”交換日記”
医療資源の有効活用にも貢献

社会医療法人 河北医療財団 河北総合病院
河北サテライトクリニック院長兼地域医療推進部部長 岡井隆広

岡井隆広先生

2008年6月、河北総合病院(東京都杉並区)と近隣の5診療所で「杉並CKD(慢性腎臓病)病診連携の会」が結成されました。同会が運用する「杉並CKD地域連携パス」は、診療報酬上の評価という後ろ盾がない状況にもかかわらず、順調にその導入患者数を増やしてきました。同会の発足当時から地域連携パスに携わっている、河北サテライトクリニック院長兼地域医療推進部部長の岡井隆広先生は、CKD地域連携パスを「患者さんのための医師同士の交換日記のようなもの」と話します。

連携パスの地域への拡大方法や、医師同士の円滑なコミュニケーションのコツについて、岡井先生にお話をうかがいました。

この記事のキーワード

CKD(Chronic Kidney Disease, 慢性腎臓病)/地域連携パス/CKD手帳/日本腎臓学会CKD診療ガイド/ eGFR(推算糸球体濾過量)

1.「杉並CKD地域連携パス」導入の背景

――どのような経緯から「杉並CKD地域連携パス」の導入に至ったのでしょうか。

連携パスを導入すべきだと思ったのには、三つの背景がありました。

A.早期に紹介してもらうためのシステムづくり

岡井隆広先生

まず一つ目ですが、連携パス(「CKD手帳」と呼んでいます)を導入する以前、2006~2007年のことですが、当院には末期腎不全で救急搬送されてくる患者さんがとても多かったのです。なかには、かかりつけ医から腎臓が悪いことを全く伝えられていないケースもありました。緊急透析導入となると、透析の教育ができていないことや、シャント増設の手術が必要になることから入院期間が長くなってしまうという問題があります。これは患者さんにとって負担な上、経営的な影響も大きく、さらには生命予後も悪いことがわかっています。そうしたことから、もっと早く紹介してもらえるようなシステムをつくりたかったのです。

B.『CKD診療ガイド』の発表

続いて二つ目は、ちょうどこの頃、2007年に日本腎臓学会から診療ガイドライン『CKD診療ガイド』が発行されたこと。腎機能に応じたステージの区分けと、それぞれのステージに対する治療方針が紹介基準も含めて明確となりました。

C.腎専門医療中核病院としての責任

そして三つ目は、腎専門医療中核病院としての使命、責任です。当時(2008年)、人口52万人の杉並区で、腎臓疾患を扱う病院は当院だけでした。我々がやらなくてはどこがやるのか。そうした使命と責任です。これら三つの背景が、パスを用いて地域連携を進めていくきっかけとなりました。

近隣の5診療所と一緒に結成した「杉並CKD病診連携の会」のなかで連携パスの重要性を話し合い、その後作成を進めていったのです。その先生方は、糖尿病の専門医と循環器の専門医、それに内科一般の開業医の先生で、いずれも、CKDの患者さんを多くみている先生方でした。

2.「CKD手帳」の仕様の工夫

――どのような工夫を重ねていったのでしょうか。

私たちはまず、大きさにこだわりました。患者さんが持ち運びしやすいようハンドバッグに入るサイズです。前半には、CKDとはどのような疾患か、自身がどのステージなのかを患者さんに分かってもらえるよう「患者教育シート」にしました。
教育シートにこだわったのには、もう一つ狙いがありました。患者さんの治療意識の向上のほか、連携パスを使うことで2名となった主治医が血圧の目標値など違った意見を言い患者さんを惑わせるようなことがないよう、『CKD診療ガイド』に示された目標値を明記し、統一の認識が持てるようにしたのです。
3ヵ月ごとに集まり、そのパスが本当に使えるかを検証、フィードバックしながら、改良点を話し合ってきました。緊急受診のタイミングや紹介基準、さらには連携パスで予想されたプロセスとは異なる経過やアウトカムを未達成とするバリアンスを定めたり、症例検討も重ねてきました。

CKD手帳

3.運用方法での工夫

――ほかの連携パスと違うところはどこでしょうか。

岡井隆広先生

このパスのアピールポイントは、薬剤を記入する部分を充実させていることです。例えば、高血圧「あり・なし」、ARBを「飲んでいる・飲んでいない」という記載が、他のパスでは多いようですが、CKD治療は血圧コントロールが大切であり、その患者さんが飲んでいる薬剤の種類と用量の詳細は、重要な情報です。そこで、同手帳では薬剤の情報を記入できるようにしています。

全薬剤名を記入してもらいますが、複数疾患を有する高齢の患者さんの場合は多剤服用しているケースが多いので、CKD手帳に記入するのは大変な手間です。そのため、お薬手帳の該当部分を貼り付けてもらうこともあります。しかし、連携パスを通じて、処方する薬剤や投与回数などを標準化するようなことはしません。それぞれの医師の処方を尊重することを大切にしています。

――CKD手帳にはフリーコメント欄がありますね。どのように活用されているのでしょうか。

かかりつけ医と専門医が双方、自由に書き込んでいます。例えば、「カリウム値が高いのですが、ARBの継続は問題ないでしょうか」と、かかりつけ医の先生から質問があり、それに答えたり。医師の処方を尊重するとはいえ教育的な側面も大切なので、我々の方から「この薬剤は血圧を下げてしまうので、減薬した方が良いかもしれません」などの提案をしたりもします。交換日記のようなものですね。フリーコメント欄によって情報交換が円滑になっています。

――どのような役割分担で進めているのでしょうか。

かかりつけ医と専門医、それぞれの役割をはっきりさせました。互いにメリットがなければパスは進まないからです。かかりつけ医として通常診療や処方のほか、緊急時の初期対応などをして欲しいとお願いする一方、我々は心血管系の検査や多職種協働による指導、入院治療などを担うこととしています(図1)。

図1 CKD連携パスにおける役割分担

図1 CKD連携パスにおける役割分担

(資料:岡井隆広先生ご提供)

明確な役割分担で進めた結果、病院に患者さんが集中しなくなり、外来での待ち時間が短縮される効果もありました。医療を提供する側としては、患者さん一人ひとりを診療する時間が増えます。地域の限られた医療資源が有効に活用できるようになっています。

4.拡大の工夫

――「杉並CKD地域連携パス」は作成後、順調に利用者を伸ばしていったそうですね。

パスには現在、74診療所と5病院が参加し、関係する医師の数は101人となりました。対象となっている患者さんの数は、累計で277人に上っています(図2)。連携パスの導入基準は、eGFRで15-40mL/分/1.73m2としています(図3)。しかし、基準を満たせばすぐに導入するのではなく、何が原因で腎機能に障害があるのかをまず精査します。専門的な腎臓の組織検査が必要な人もいるからです。

図2 CKD連携パス累積患者数の推移

図2 CKD連携パス累積患者数の推移

(資料:岡井隆広先生ご提供)

図3 杉並CKD連携の紹介・連携の流れ

図3 杉並CKD連携の紹介・連携の流れ

(資料:岡井隆広先生ご提供)

――右肩上がりに拡大したのは、どのような工夫があったからだとお考えですか?

導入基準を満たした人が紹介で来院された場合には、かかりつけ医に、次回からパスを導入しましょうと返信時に伝えます。かかりつけ医が全く知らない先生であれば、患者さんを通じて開業医の先生にこの手帳を渡してもらうことにしました。

そこで手帳には、「診療所の先生方へ」というご案内文章を付けています。そこには、「連携パスの重要性」「かかりつけ医と専門医の役割分担」「運用方法」そして連携のメリットについても記載しています。

5.連携パスの成果

――連携パスの具体的な成果を教えてください。

連携パスを導入した群と、通院して専門医の治療を受けた非パス群を比較して、連携パスの有用性を検証したことがあります。2008年8月の運用開始から2010年11月までの期間で、1年以上経過観察できた症例について、1~5年後の腎機能保持率と新規CVD発症率を検討しました(図4)。その結果、腎機能保持率では両群に差を認めませんでした(P=0.774)(図5)。
心・脳血管障害新規発症率の比較においても、パス群(13例33.3%)、非パス群(16例36.4%)と、こちらも両群に差は認められませんでした(P=0.84)。
かかりつけ医との連携の上で治療を進めても、腎臓内科医が一人で患者さんを診ても、患者さんの予後、腎機能の保持率は変わらないということです。ということは、患者さんのアクセスや腎臓内科医の負担軽減、地域における医療資源の有効活用という視点から、連携パスの導入は有意義であることがわかります。

図4 パス群と非パス群の初診時の患者背景

図4 パス群と非パス群の初診時の患者背景

(資料:岡井隆広先生ご提供)

図5 腎機能保持率(eGFR<30%/2年間)の比較

図5 腎機能保持率(eGFR<30%/2年間)の比較

(資料:岡井隆広先生ご提供)

――最後に、経営上でのメリットについて教えてください。

連携パス導入による病院側のメリットという点でまとめると、CKD連携パスは残念ながらまだ、診療報酬上の評価がなされていませんが、連携パスが地域に広がっていくことで「前方連携の増加」が見込まれます。さらに、症状の落ち着いた患者さんを後方連携することによる業務の効率化と医療資源の節約が図れるでしょう。そして、冒頭に挙げたように、重症化した患者さんの救急搬送を減らせることによって、平均在院日数が短縮できました。最近では、救急搬送された患者さんは予後が悪く、DPCの入院期間を延長させる要因となることもわかっています。

岡井隆広先生

取材の裏話・・・

インタビュアー
インタビュアー:連携パスを進める上で、開業医の先生との関係を良好に保つコツはありますか?
岡井隆広先生
岡井先生:我々は、開業医の先生のスタンスに合わせることを大切にしています。例えば、フリーコメント欄も含めてですが、連携パスでは「このようにして欲しい」という押し付けをしないようにしています。フレキシブルで、ゆるい連携から始めるのが継続のコツかもしれません。
インタビュアー
インタビュアー:「杉並CKD病診連携の会」で出た、面白いエピソードなどがあれば教えてください。
岡井隆広先生
岡井先生:CKD手帳をいつも忘れてしまって持ってこない患者さんに対して、「手帳をきちんと持ってくるかどうかで認知症の度合いがわかりますよ」と話したらすぐに次からきちんと持ってきてくれるようになった、という話がありました。
インタビュアー
インタビュアー:地域連携パスをほかの疾患で展開する予定はありますか?
岡井隆広先生
岡井先生:わたしは腎臓以外にも、リウマチを専門にしているので、リウマチでの連携パスも実現できたらと考えています。しかし、これも診療報酬によるインセンティブはないですし、まず、リウマチを専門にしている診療所の先生方のご理解を得るところから始めなければなりません。病診連携は役割分担を明確にし、互いのメリットがはっきりしないとうまく進みませんので、その点には留意する必要がありそうです。

【解説】CKD診療ガイド

予防も含めた対策が今後ますます重要に

―厚生労働省等の報告をもとに㈱医薬情報ネットが作成―

日本腎臓学会が作成する『CKD診療ガイド』は、CKD患者を腎臓専門医とかかりつけ医の連携を後押しする目的から、2007年9月に初めて発行されました。最新版である 『CKD診療ガイド2012』には、CKD患者の診療にはかかりつけ医と腎臓専門医の連携が重要だとした上で、以下のいずれかがあることを紹介基準としています。

  • 1)尿蛋白0.50g/gCr以上 または検尿試験紙で尿蛋白2+以上
  • 2)蛋白尿と血尿がともに陽性(1+以上)
  • 3)40歳未満・・・・・・・・・・・・GFR60mL/分/1.73m2未満
    40歳以上70歳未満・・・GFR50mL/分/1.73m2未満
    70歳以上・・・・・・・・・・・・・GFR40mL/分/1.73m2未満

一方で、CKDの保健指導・受診勧奨・専門医紹介の基準が定められてはいるものの、「特定健診での必須検査である尿蛋白定性検査の判定基準がない」「紹介あるいは受診勧奨に該当しない場合に保健指導とするかどうかの明確な記載がなされていない」といった指摘もあります。
『CKD診療ガイド2012』は現在改訂作業中で、来年には『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013』と統合された、『CKD診療ガイドライン2018』が発行される予定です。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」の2014年調査によると、慢性腎不全の総患者数(継続的な治療を受けていると推測される患者数)は296千人でした。実は2011年調査では、慢性腎不全は集計対象の傷病分類に入っていませんでした。同疾患が増加していることの表れであるとともに、今後、さらに予防も含めた対策が必要である疾患の一つであることがうかがえます。

図 主な傷病の総患者数

図 主な傷病の総患者数

(出典:厚生労働省 平成26(2014)年患者調査の概況)